歌集を読む/堀合昇平『提案前夜』

2021/07/25

歌集

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堀合昇平『提案前夜』(書肆侃侃房)を読み、感想を書いていましたので、公開します。

書籍情報はこちら(書肆侃侃房HP)。2013年5月の発行ですね。


この文章は、ここ「ニラみじん切り学部」に掲載する用に書かれた文章ではあるのですが、それと同時に歌人仲間とやっている書評の意見交換会に提出したものをベースとしています。意見交換会を経て加筆修正すべきだと感じたところは変えた上で掲載しております。

いまは一人で淡々と考えたことを書き続けていますが、こうやって意見をもらいながらやっていくのもいいなと思っています。なお、文体はほかの記事と変わっていませんが、今回2000字という制限上、ふだんよりはコンパクトにまとまっていることをおことわりしておきます。以下、「ジャックナイフ」と題しておりました。


壁に貼るガントチャートに進捗の遅れを刻む稲妻線は

冒頭の見開きからこんな歌が現れる堀合昇平『提案前夜』は、書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの第一期として出版された歌集です。職場の、進捗に対する厳しさが苛烈な質感とともに伝わり、労働者である主体のひりひりとした感じを読まされます。実際、章立てをきちんと取られたこの歌集は、それでも一貫してこのような仕事詠を中心として組み立てられており、労働の厳しさを十全に伝えてくる歌集だといえます。

カップ麺啜れば骨の芯までも痺れるだめだもっと喰いたい

週末にはなやぐ声を聴きながら塩の吹き出たスーツで歩く

歌集序盤から。共感性は担保されていて、その上で戦場のような雰囲気をまとってもいます。僕も同じ会社員として生活のために戦う意識は理解できるものの、この苛烈さには慄きました。言うなればカップ麺「ごとき」にここまで前面に押し出される飢え、スーツの塩に対する眼差し、どれも厳しい環境に立つ自らの姿を戯画的に演出したものですが、しんどいアピールにはなっておらず、本当に環境の厳しさそのもののリアルが見えてくるものです。

歌集の全体的な雰囲気は、先の二首のような仕事詠です。しかし本稿で僕が指摘したいことは、この歌集に時折のぞく、主体の狂気です。

「ナイス提案!」「ナイス提案!」うす闇に叫ぶわたしを妻が揺さぶる

強烈な歌です。歌集の表題歌にあたるでしょう。仕事の悩みの夢への反映という把握をすればあるあるの文脈に落とし込めますが、そうはいっても「ナイス提案」のフレーズ力。いくら仕事とはいえこんな風に叫ぶものでしょうか。ちょっと「あれっ」と思ってしまいます。歌の景には共感しつつ、叫びの内容には若干の狂気を感じ取れます。

NO FUTURE ! と叫びたくなる真昼間の会議であった表情であった

こちらも然り。本当にそう叫びたくなるのといぶかしむ余地があります。これらの狂気じみた叫びは、ともすれば歌のリアリティをコント的にするおそれがあり、冗談にも取れてしまいます。少なくともこの一首だけを歌会で目にしたら、私は笑ってしまうでしょう。

『提案前夜』には戯画的な要素があるとは先に述べた通りで、根幹となる実景の苛烈さが描けているとはいえ、そこで主体が演技的にふるまいすぎてしまうと、伝わるものの重みは薄れることでしょう。というか僕はそうなりかけたのですが、しかし、読み進めていけばやはり、しっかりした歌も数多く出てくるのです。

なお、本稿では仕事詠を中心とした構成の歌集の中に見える狂気を追っていくという観点をとっており、引用歌は歌集に登場した順であることを申し添えておきます。普通、歌集評を書けば引用は歌集の収録順通りになりませんが、今回はあえてその操作的な手法をとりたくない意思がありました。

ステンレススプーンにさぐる壜の底に製造番号記されてあり

空調の効かぬフロアに置かれあるUCHIDAのロッカーKOKUYOのロッカー

モノをつくって売る職業だからこそ感じるところをうまく捉えていると思います。壜の歌は、スプーンごしに感じる番号の質感が見事。ロッカーの歌は、それぞれのメーカーの努力を間接的に気づくことができます。先ほどの狂気は、これらにはありません。非常に理知的な把握ですし、歌集全体のイメージにもフィットしています。

それでは「ナイス提案!」「NO FUTURE !」の歌が歌集のイメージにフィットしていないのかというと、そんなことはないと思います。むしろ、『提案前夜』はこれらの狂気を受け入れた上で成立していると感じます。

売れまくる啓発本のタイトルを考えながら歩く夕暮れ

歌集から離れて鑑賞すれば、仕事とは関係なく何となく考える「売れまくる啓発本のタイトル」という読みが可能です。しかし歌集として読むと、この「売れまくる」にどこか必死さを覚えずにはいられません。労働と、必死さ。これらの歌集全体での徹底が、その文脈が読みに強く影響するのです。そしてそれはおおむね、鑑賞にポジティブにはたらきます。一首だけで相対した場合には違和感を覚え、歌の世界に入り込めない気分になりそうな歌の要素も、よい要素のように感じてくるのです。

俺は別に英語が得意なわけではなくしかし「アグリーです」と答えた

この歌をはじめ、読んでいけばどこか英語の飛び交う職場であるように感じます。これは先ほどの「NO FUTURE !」の違和感を解消します。それでも変ですが、変さにリアリティが残ります。

昨日無理して作った歌に感情が追いついている明け方である

無理してるんかい、もありますが、感情は歌に「追いつく」のです。リアルなのです。

結論、『提案前夜』は労働の熾烈さに身を委ねる主体の、必死と狂気を見事に体現した歌集です。必死のほうはまだできますが、狂気は難しく、見事です。分かって体現しているのが分かれば、白けてしまうからです。

歌集の最後の連作は「ポークフランク」といいます。その最後から二番目の歌。

「真冬のジャックナイフ!」と叫び掲げればなおあかあかとポークフランク

率直に言えばヤバい歌です。しかしここまで読んできた身としては、共感はできないにせよ、うなずけるものがありました。リアルの延長で、純度の高い狂気に触れられるのは、稀有なことだと思います。


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